きつねこの週刊デイリー寿司ニュース

主に食べたお寿司についてつぶやきます

転職してます

とても共感したので

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コンビニいなり寿司の設計バグについて

コンビニいなり寿司が好きで、毎日朝ご飯に食べている。とくにガリが美味しい。

ところでコンビニ弁当は日進月歩で改良が行われており、全体的に一昔前に比べると美味しくなったと感じるし、包装の簡易化など、コストダウンにも強い意志を感じる。

コンビニいなり寿司も例外ではなく、たとえば私が毎日食べているローソンのいなり寿司は表面を包むビニールが全体を包むのでなく、トレーと蓋の結合部分だけをぐるっと一周とりかこむような形になっており、全体を包むよりもコストダウンが可能なのだろうと思う。

まあそんなかんじで色々と工夫してもらうのはいいことなんだけど、こと、コンビニいなり寿司においては全てのコンビニチェーンにおいて致命的な欠点があり、一向に改善されようという見込みがない。それは汁問題である。

コンビニいなり寿司の最大の魅力はガリだが、その次はジューシーな油揚げである。さすがにここはこだわりが見えて、スーパーなどで売っている半端な油揚げと比較して段違いのジューシーさを誇る。しかしながら、この汁がトレーと蓋の間に染みていて、蓋を開けたときに手に付いたりテーブルの上にこぼれてしまうのである。場合によっては蓋を開けるときの衝撃で汁が飛び散って服に付いてしまったりもする。これはあってはならないのではないだろうか。

とりあえず対処法として、蓋を開けたら(場合によっては蓋を開ける前に)すかさずティッシュで容器の周囲の汁を拭き取っているのだが、そもそもこれは容器の設計がおかしいのである。こんなことをしなくても汁で困らないような容器に改良されなくてはいけない。

一つの方法は、これは一部でそのような包装形態の商品もあるけれども、弁当用のトレーではなく、予め海苔が巻いてあるおにぎりの梱包のようにふにゃふにゃの袋にしてしまえば、幾分マシにはなるかもしれない。とはいえ完全に改善されるものではないだろう。

もうちょっと完全に問題を解決出来る案を出して終わりにしたかったのだけど、イマイチいい案が思い浮かばないし、仕事があるのでとりあえずこのへんで切り上げる。ようするに、私ごときがちょっと考えてなんとかなる問題ならもう誰かが考えて採用しているだろうし、色々な取捨選択の上で現在の形に落ち着いているのではないかと想像するが、それでもなんとかしてほしい。

 

三浦海岸に行ってきたので備忘録

7/17 海の日に行きました

めっちゃ暑い

水は汚くて透明度は30cmくらい 水温は高いので快適

クラゲは多少いる ミズクラゲアカクラゲを見た

回転寿司「海鮮」はかなりの繁盛店で、夕方、閉店90分前くらいに行ったら店の外にこそ行列は無かったけど店内に待ってる人はいっぱいいて受け付け終了していた 午前中に食べてから海に行くのがよさそう

https://tabelog.com/kanagawa/A1406/A140603/14002771/

しょうがないので他の回らない寿司屋に入ったけど地元の魚っぽいのは出るけど高い、シャリが大きい、「このへんの地酒ないんですか」「あんまり美味しい酒はこのへんにはない」とのこと(多分そんなことはないと思う)

https://tabelog.com/kanagawa/A1406/A140603/14002818/

駅前に連なる小料理屋では地元の魚が食べられるけどトータルはまあまあ 鮮度はそこそこ(これは行ったのが土日月の三連休の3日目だったからよくなかった可能性がある)法螺貝の造りはよかった。そもそもが取り立てて美味いものではないが、ジェネリックさざえ的な食感で十分に美味い。

yakitoriishibashi.seesaa.net

駅前の養老乃瀧ではマグロの希少部位が食べられる(個人的な信条の問題で、マグロの摂食は積極的にはオススメしない)

https://tabelog.com/kanagawa/A1406/A140603/14015753/

水着はしまむらとかで買っていこう

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スマホの電話帳を、ネットもメールも使えないガラケーに、MicroSDをフォーマットせず移す方法

ネット専用のスマホと、ネット・メール切ってある電話専用ガラケーの二台持ちなんですよ。そういう人ほかにもいる可能性がある

基本的に電話帳はメール添付で送るのが一番簡単なんだけど、それができない。

かつ、MicroSDで受け渡しできるんだけど、適当にデータの入ったMicroSDを入れてる場合、ガラケーのフォーマットにのっとった適切なフォルダを作るときにフォーマットしないといけなかったりして面倒くさい。ガラパゴス仕様ほろびてほしい

1)ガラケーの現在の電話帳をMicroSDにエクスポートする

2)PCに接続する

3)MicroSDの、エクスポートした電話帳を開く

4)移したい電話帳VCFデータをコピペ保存

5)ガラケーの電話帳バックアップ機能からインポート

twitterで片思いを調べる方法

片思いったーとか使うの面倒

というか、鍵垢に対しては正しく動作しない

PC版twitterのフォロー一覧でEndキー押下しつづけてればどんどんスクロールされる

google chrome > 開発者ツール > コンソール開く

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$('span:contains(フォローされています)').parent().parent().parent().parent().parent().remove()

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相互フォローは全部消えて片思いだけ残るので外せばよい

イギリスのEU脱退について

数年前、イタリアにいったとき、トランジットがコペンハーゲンだったのだけど、それはそれは素晴らしい空港だった。羽田成田お前らもうちょっと見習え。

コペンハーゲンは北欧なのでマジで物価が高くて死んでしまいそうなのだけど、スシバーがあったので入らざるを得ず、明らかにサブウェイでサンドイッチ作ってる感じのおにいちゃんとおばちゃんと拙い英語で喋りながらデンマーク流の寿司を食べたのね

結論から言うと美味かったんだけど、店のおばちゃんが言うには、コペンハーゲンの街には美味いものがいっぱいあるから食いに行けってことだったんだけど、残念ながらトランジットだったので無理だった。

このブログは寿司ブログのはずなのに、いつも寿司について書かないので、最後に適当に寿司っぽいことを書いてごまかすのが通例なんだけど、今回、別に寿司のことを書こうとおもってたわけではないのに、気が付いたら寿司のことを書いてた。すごい。頭悪い。

ちなみに今日の晩飯はスシローからのくら寿司というハシゴ回転ずしでした。くら寿司はとうとう生ビールまでセルフになっていた。くら寿司の冷麺はめちゃくちゃ不味い。

イギリスのEU脱退については、今更感がぬぐえないしもっと賢い人がわかりやすい記事をいろんなところで書いてるので適当にぐぐれ

知らないことをさぞ知っているかのように振舞うことが恥ずかしい

最近、人生何度目かの神座ブームが襲来している。

神座というのは大阪で有名なラーメンチェーンで、東京にも進出しているので知っている人も多少いるとは思うが、わりと独特な味なのである。

流行りの豚骨とかとは全然違って、澄んだ甘いスープ。それはいわゆる昔懐かしい系とも違う。具は白菜がたっぷり入っている。鍋っぽいと形容する人もいる。

新宿の神座でラーメンを食べながら、ネットで評判を見る。

「豚のダシがよく出ているが、うんたらかんたら」

「煮込まれた白菜のダシがよく出ている、なんとかほげほげ」

自称ラーメン評論家というような人たちが、あれこれ好き放題に書いているレビューがたくさん出てくる。さすがそれなりの有名店だから。でもこれ全部的が外れている。

神座のスープはフランス料理の応用で、主な出汁は牛である。そして白菜はラーメンを作るその時に、中華鍋でスープにぶちこんで炒める。なんでこんなことを言えるかというと、私は高校時代に神座でバイトをしていたから。

色々なレビューを読むと、多くの人が、憶測で間違ったことを偉そうに語っている。非常にばかばかしい。というか、スープの出汁がなんなのかなんてことは、それなりに舌の肥えた人間であれば、味わえばある程度わかるはずである。

こういうことがあって、本当のことを知らないことについて語るのは怖いなあ、と思いつつも、この問題のなにが問題かというと、これに気づいてしまってから、ブログを書くことが非常に億劫になったのだ。

私も過去、はてなブロガーとして少し有名だった時期があって、だいたい1日数千ほどのアクセスがあった。固定ファンのような人もいて(話題がITとか時事問題だったので男ばっかりだったけど)、それなりに調子にのっていた。

そのブログは仕事関係でトラブルがあって、直接の当事者ではないのだが、限りなく当事者に近い立場にいたために閉じた。

もちろんそれで完全終了になるわけもなく、すぐさま新しいブログを立ててしばらくは更新していたのだが、その途中でいろいろと疑問がわいてきた。

ブログのアクセスを増やすのは、正直難しくない。話題になっているできごとについて、多くの人の意見とちょっと違うようなひねくれた意見を書き、大きなアクセスのある有名ブロガーのブログにトラバするだけだ。見に来てくれた人のうち、幾人かは私の文章を面白いとおもってくれて、読者として定着する。そもそも、この方法が非常にさもしくてもう嫌だな、と思っていたこともある。

そしてなにより嫌だったのは、自分がよく知りもしないことを、さも詳しいかのように振舞わなければならないことだ。もちろん自分がよく知っていることもあるが、それにしたって自分より詳しい人は世界中に山のようにいるし、自分がよく知っていることについて語るとき、それだけで完結するのではなく、どうしても自分がよく知らないことについても話題は広がってしまう。しかし正直に言って読み専というのはそんなに賢くない、知識のない人も多いので、日ごろからニュースやいろいろなブログをそれなりに広く読んでいれば、そういう人たちを煙に巻ける程度の知識は備わってしまう。そんな付け焼刃を、さも磨き抜かれた鋭い刃であるかのように見せかけて興を買うのは実につまらない。

数年前に書いた自分のブログなんかを見ると、もうそれはそれは恥ずかしくなる。ああ、当時このブログをみたいい大人には「ああ、なんかお子様が一生懸命やってるんだな」って思われてたんだな、と。

そういうわけで、恥ずかしくない文章を書く自信がぜんぜんなくなったので、ブログをあんまり書かなくなった。

これに気づいてから、私は評論家とかいうものをあまり信用できなくなった。人というのは自信に満ち溢れた人に無条件に信頼と好意を寄せるようになっていて、世の評論家は、私はなんでも知ってます、というふうを装ってさまざまな評論をしているが、前述したように、自分の専門分野でないことがらについてもよく知っているふうに語らなければならない。あるいは、ドヤ顔で非常に浅い考えを披露していたりする。

知識のない、考えもない、ただただ知識人の発言をありがたく拝聴するような情弱ばかり(おそらく人口としては一番多い)に接していると、とにかくすべての物事について正しい回答を授けなければならない、というような間違った考えを持ってしまうのかもしれない。何を言っても有り難がられるので、もはや自分が何を言っているのかわからなくなっているのかもしれない。

いろんな知識人が、しょっちゅうネットやテレビで炎上しているが、たいていよく知らないことを知ったかぶっていることが遠因になっていたりするような気がする。今までバカ相手にそれで通してきたんだろうし、そういうものを賢い人はとりあうのもバカバカしいので放置してきたんだろうけど、色々な理由で放置できない状況になって、いざ俎上に上げてみると、あれよあれよと自壊する。そういう人を良く見る。

沈黙は金、雄弁は銀、という言葉があって、私は今でもそうだが、子供のころから非常にいらんことを言う子供だったので、父親にいつもそういってたしなめられた。大人になってから、この言葉を作った当時のヨーロッパでは、金より銀のほうが価値が高かったということを知り、父親に抗議したところ「そんなことは知っている」とだけ返された。その後もずっと不服だったのだが、今にして思うと、金と銀どちらが優れているとかいうことにあんまり意味はなくて、しょうもないことを言って尻尾を出す事に比べれば、沈黙も雄弁もはるかにいいのだ。別に雄弁したいならすればいいけど。できるならね。自信がないなら黙っとけ。そのうえで、黙るか喋るかは自分で考えろ、という話で。

なんかはてなブロガー向け飲み会とかいうのに参加させてもらうことになったので、久しぶりに適当な記事をかきました。しかしながらその飲み会は寿司ではなくやきとんだそうです。